野球選手はユニフォームと帽子に身を包み露出が少ないので、目立つアクセサリーといえばスポーツネックレスかブレスレット、リストバンドくらいでしょうか。
特にネックレスを着けている選手は多く、メーカーや商品は異なれど多分2~3人にひとりは着けているイメージです。
私が野球を見始めた頃はすでに結構な数の選手が着けてて、今のようなスタイリッシュなものではなく狛犬が首につけている縄みたいなのをよく見た気がします。
野球選手っていつごろからこういうネックレスを着けはじめたのかな?とちょっと興味が出まして調べてみましたが、これが起源!というような明確な答えはありませんでした。
ただ、ジャイアンツファンとしても気になる興味深い記事を見つけたので少し紹介してみたいと思います。
第2次藤田政権(1992年)と水晶ネックレス
巨人の名監督といえば?と聞かれたら川上哲治さん、長嶋茂雄さん、王貞治さん、そして現監督である原辰徳さんの名前を挙げる人が多いと思います。
そして、その4名と同じくらいの名声を得ているのが藤田元司さんです。
監督成績は通算7年でAクラス6回(1位4回)、Bクラス1回、日本一2回という素晴らしい実績を挙げた稀代の名将。
藤田さんは1981~1983年、1989年~1992年の二度にわたって巨人軍の監督を務められましたが、以降の話は第2次藤田政権の最後(4年目)1992年に起こったことです。
この年のチームは序盤全く調子が出ず、4月5月共に僅か8勝しかできないという不甲斐ない成績…。
チームの危機的状況で藤田監督が打った手は…原さんや駒田さんなど当時のレギュラー選手のほぼ全員に「水晶ネックレス」を着けさせることでした。(???)
2(遊)川相
3(三)岡崎
4(一)原
5(右)駒田
6(中)モスビー
7(左)吉村
8(捕)大久保
9(投)斎藤
この水晶ネックレスは「ファイルド株式会社」製造のもので、心臓に持病があり体調があまり優れなかった藤田監督を心配して後援会の方がプレゼントしたもの。
藤田監督は大層気に入っていたようです。
私が見た記事では、レギュラー選手がこの水晶ネックレスを着けてプレーした当日から「14連勝」したと書かれていたのですが、当時の記録を見ると14連勝したという事実は見当たりませんでした。
ただ、6/7中日戦から7/8中日戦までの23試合で負けたのはたった2回(10連勝→1敗→4連勝→1敗→7連勝)という驚異的な成績を残しています。
一時は最下位を独走していたチームがあれよあれよと優勝争いに復帰するミラクルを起こしたのです。(最終的には2ゲーム差の2位で惜しくも優勝ならず)
弱かったチームが急激に強くなるという事態を目の当たりにした報道各社はチームの細部まで目を凝らし、レギュラー選手が着けている同じタイプの水晶ネックレスに辿り着きます。
そこでスポーツ新聞やテレビが我先にとこの水晶ネックレスを取り上げたそうです。
今でもたまにスポーツ新聞系はこういうタイトルの書き方をしますが、この頃は今より過激というか露骨というか…水晶玉パワー!水晶玉ブーム!!(笑)
とにかく凄い報道量だったみたいです。
この当時の事は知らないんですが、少し調べてみたらこの水晶玉ブームというのは巨人から始まったと書いてあるところもありました。
当時を知っている人にどんな感じだったのか聞いてみたいですね…。
偽物が大量に出現
しかし、ブームが起こると必ずそこに便乗する輩が現れます。
「巨人の選手が水晶をつけて好調になった」「水晶は効く」などと宣伝し、水晶を販売する業者が雨後の筍のように現れたようです。
そして業者から水晶を買った人たちの苦情がなぜか巨人軍広報に殺到します。
苦情の多くは「水晶ネックレスを着けても効き目も体感もない」というものでした…。
嘘みたいな話なんですが、当時の新聞にこうやって記録が残ってるのを見ると本当の話なんですよね。
そして、この不測の事態に巨人軍が取った方策はというと…
“ジャイアンツの機関紙”報知新聞に1面丸々を使って「巨人の監督や選手が着けている水晶ネックレスはファイルド社の商品」と告知広告を掲載することでした。
まさか巨人が自らそんなことしないだろう、と私も一瞬思いましたが、この新聞記事もしっかり残っていたようです。
影響が大きすぎてファンが被害に遭わないようにと配慮した結果だったようですが、この後ちゃっかりジャイアンツグッズを販売する窓口でもファイルド社の水晶ネックレスを販売するようになったそうです。
今季DAZN(ダゾーン)と契約してチームのスポンサーにまでなってもらった件もそうですが、巨人って商売上手ですよね(笑)

ファイルド社→ファイテン社
このファイルド社はスポーツネックレスでは知らない人がいないくらい有名なファイテン社に名前を変え現在も存続しています。
こういう歴史をみていくと、野球選手がネックレスを使うきっかけになったのはファイテンなのでしょう。
ファイテンのスポーツネックレスは野球選手のなかにも愛用者が多く、巨人の選手では尚輝や岡本、他球団の有名選手ではヤクルトの山田やオリックスの吉田なんかが着けてますね。
ただ、今は昔と違ってファイテン以外の選択肢もあるので、それぞれの選手が自分の好きなメーカーのものを使っている印象です。
#巨人 笑顔で練習する坂本勇(photo by 中島 傑)2018-5-9 #読売巨人軍 #読売ジャイアンツ #ジャイアンツ#坂本勇人 #東京ドーム https://t.co/l0PCNVAhFD pic.twitter.com/B4sw5YFLLv
— スポーツ報知 (@SportsHochi) 2018年5月9日
坂本や田口くんは今年もAXF(アクセフ)のネックレスを好んで使ってますし、現在は当時と違ってチームで統一するということはなさそうです。

少し長くなりましたが、今回は巨人軍と水晶ネックレスの昔話について書いてみました。
当時のことを全く知らないので情報の正しさに確信はありませんが、年季の入ったジャイアンツファンの方は「ああ、そういえばそんなことがあったなぁ」なんて懐かしい気持ちになってくれるかも。
それにしても、プロ野球の1チームから起こったブームがこれだけ大きな影響を与えるとは…昔の巨人の影響力ってすごかったんだな、と今更ながら再確認しました。
(新聞画像はファイテンさんから)


コメント
Minamiさんこんにちは
当時の水晶ブーム凄かったですよ
石の輸入業者の友人はブームの一瞬で2億利益があったいうくらい
藤田さんは巨人どころか歴代野球監督の中でも一番だと僕は思います
過小評価されてるんですよ
1992の少し前が僕が一番野球を見ていた頃で僕の最初のヒーローだった呂明賜(ろめいし)が在籍していたんです
モスビーの名前も久しぶりに見ました笑
懐かしい話題で楽しかったです
ろめいしさん、コメントありがとうございます。
に、2億…(◎-◎;)!!
今より野球人気も高かったでしょうから、影響力もすさまじいですね。
それにしても、原監督が4番を打っていた頃はこんな出来事があったんですね~。
かなりオカルト的な報道もされてるけど、23試合で21勝もさせた藤田さんの手腕は素晴らしいです。
これには面白い話があって、92年に水晶ネックレスをそういうオカルト的なものが嫌いな堀内コーチが怒って、
巨人選手たちに「外せ」と命じたんですが、駒田だけがそれを拒否して、FA移籍の流れになったとか。
レイムさん、コメントありがとうございます。
へぇぇ~@0@ノ そうだったんですか!
まさか水晶ネックレスをめぐって移籍が行われていたとは…w
心の持ちようでパフォーマンスが変わることもあるし、野球選手は運やジンクスを大事にする人も多いですもんね。
実に興味深いです。
あ、すいません・・・言い過ぎました。
勿論、水晶ネックレスの諍いの件が100%の理由ではないでしょうけど。
主因は「落合移籍でファーストのポジションがなくなるので出場機会を求めて」だと思います。
レイムさん、コメントありがとうございます。
そうでしたか~。
20年以上も前のことでうちの父もうろ覚えだと言っていました。
でも駒田さんは移籍後巨人時代よりもヒットを量産したみたいで結果的にはよかったんですかね(^_^)