野球には「走・攻・守」の能力が必要とされますが、ホームランや華麗な守備に比べ、走塁や盗塁といった「走」の要素は注目度が低い傾向にありました。
しかし、昨シーズン、ジャイアンツの増田大輝が代走として試合終盤に貢献し、また侍ジャパンでホークスの周東佑京が持ち前の快足を見せるなど、走塁の魅力が再認識される機会が増えています。
特に、重要な場面での巧みな盗塁やスピードを活かしたタッチ回避など、「足のスペシャリスト」の存在価値が改めて注目を集めています。
現在、盗塁のスペシャリストとして知られる選手は両リーグに多数存在します。
- セ・リーグ：山田哲人（ヤクルト）、増田大輝・重信慎之介（巨人）、大島洋平（中日）、近本光司・中野拓夢・植田海（阪神）、野間峻祥（広島）
- パ・リーグ：金子侑司・源田壮亮・外崎修汰（西武）、周東佑京・釜元豪（ソフトバンク）、辰己涼介（楽天）、岡大海・荻野貴司・和田康士朗（ロッテ）
ここでは、これらの走塁のスペシャリストたちの考え方や愛用している走塁用手袋について紹介していきます。
セ・パ両リーグ「足のスペシャリスト」
増田大輝（読売ジャイアンツ）
増田大輝は2015年に育成ドラフト1位でジャイアンツに指名され独立リーグ四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスから入団しました。
さまざまなポジションを守れるユーティリティプレイヤーで粘り強い打撃も魅力ですが、増田大輝の名前を知らしめたのは卓越した走塁能力です。
接戦の終盤で代走として出場し、厳しい場面での盗塁や積極的な走塁でチームの勝利に貢献。
一軍デビューとなった2019年には15盗塁（失敗2）、2020年は8月末時点で12盗塁を記録するなど、「代走のスペシャリスト」としての地位を確立しています。
解説者の井端弘和さんはプロ野球界で最も盗塁が上手い選手として増田大輝と山田哲人を挙げており、両選手の共通点として高い盗塁成功率、優れたスタート、早いカウントから走れる盗塁センスを挙げています。
増田自身もベンチにいるときからマウンドのピッチャーのタイミングを計ったり準備をして「とにかく早いカウントでスタートを切ること」を大事にしていると答えていました。
初球を含め早いカウントからスタートを切るにはデータを活用してピッチャーの癖を見抜くのは当然として、その上で自分の判断や直感を含めた感覚を信じられるだけの心の強さや思い切りの良さが必要なんだとか。
走塁用手袋
スライディング時や守備側選手とのフィジカルコンタクト時に手を守るため、ほとんどの選手が「走塁用手袋(スライディンググローブ)」を着用しています。
2020年度、増田選手が使用している走塁用手袋は「久保田スラッガー」のもの。
市販品にも同じような商品はありますが、微妙に色や質感が違っていてネームが入っています。オーダー商品なんでしょうね。
掌部分にもしっかりパットが付いているので、しっかり手を守ってくれそうです。
坂本選手やグラシアル選手など、帰塁の際に指をケガする選手が増えたことで、右手に「PRO社」のスライディングミット(走塁用ガード手袋)を着用するようになりました。まだお試しかも。
5本の指全てをガードするタイプは親指が広がらず走りづらいという声も多くNPBではまだ着用者は少ないですが、MLBでは大谷選手やトラウト選手など名だたるスターがケガ防止のために着用しています。
山田哲人(ヤクルトスワローズ)
「ミスター・トリプルスリー」の異名を持つ山田哲人は走力でも球界トップクラスの実力を誇ります。
特に盗塁成功率は群を抜いており、2015年34成功4失敗、2016年30成功2失敗、2018年33成功4失敗、2019年33成功3失敗という驚異的な成績を残しています。
「捕手は気にしない。投手の牽制やクイックを見ている。スタートが大事」
50ｍ走の最速タイムは5秒67と高い走力を持ちますが、一番重要なのはスタートで、「常に(盗塁に)行く姿勢」が大事と語っています。
2年連続30盗塁を記録した2016年は進塁側にかなり体重をかけていたのが印象的でした。帰塁の際は膝を使って反動で戻るんだとか。
現楽天の監督である三木肇さんがヤクルトのコーチ時代に山田選手の走力を徹底的に鍛えたことで、投手の微妙な動きや癖を見極め最高のスタートを切れるようになったそう。
リードの取り方やスタートの切り方、スライディングなどの技術面だけでなく、試合展開などで変わっていく投手心理なども叩き込まれたようです。
「構え」のポイントは若干つま先体重になること。スタートを切るときも牽制で戻るときもつま先体重になることで左右どちらにも動けるらしいです。
土橋勝征コーチは「投手のタイミング、モーションを見て、自分のタイミングと計ってしっかり分かっている天才肌。スタート、中間走の伸び、スライディングもすべていい。だからマークされていても決められる」と、その総合的な盗塁技術を高く評価しています。
走塁用手袋
山田選手が使用している走塁用手袋は「アディダス」のもの。
ジャイアンツの坂本選手やファイターズの西川選手も愛用しているモデルで、山田選手もバッティンググローブやリストバンドと併せて使っています。
カラーはホワイト×ゴールド(坂本選手はホワイト×スカーレット)。
毎年デザインが変更されていますが、カラーによってはすぐに売り切れてしまう人気アイテムです。
近本光司(阪神タイガース)
阪神のスピードスター近本光司は入団1年目からセ・リーグ盗塁王を獲得。
これはドラフト1位が決まった際、大阪ガス今津総合グラウンドで「盗塁王と新人王を目指したい」と語った目標の一つを達成したものでした。新人王こそヤクルトの村上選手に譲りましたが、新人特別賞を受賞し、有言実行を果たしています。
2019シーズンは盗塁王を獲得しながらも、成功率.720（14盗塁死）という課題が残りました。
そのため、オフには陸上男子200m元アジア最高記録保持者の秋元真吾氏から指導を受け、スライディング技術の向上など、成功率を高めるための努力を重ねています。
ランニングコーチの秋本真吾さんに、課題や質問をして自分に合った練習方法を組んで頂きました🤝
ストライドを広げることを意識していたので、地面を蹴って足が後ろに流れます💦
この足の設置場所を、身体の軸の下に着くようにすると、無駄な力を入れることなく、ピッチを高めることができました💁♂️— 近本光司 (@koji_speed5) January 19, 2020
技術面では右足を一、二塁線上からややライト側へ引いたオープンスタンス気味の「構え」が特徴的で、このスタイルに合わせてリードはやや狭めに設定。
失敗を恐れない積極的な走塁で今後もセ・リーグ盗塁王の最有力候補として期待されています。
走塁用手袋
近本選手が使用している真っ黒な走塁用手袋は「アシックス」のもの。
アシックスの走塁用手袋といえばバッティング兼用のGOLDSTAGEが有名ですが、近本選手の使用している手袋はリストベルトやシリコーンマーク部分にカラーがついていたり、形状も微妙に異なるのでオリジナルモデルだと思います。
源田壮亮(西武ライオンズ)
西武ライオンズの源田壮亮は球界トップクラスの守備力で知られますが、入団から3年連続30盗塁を記録するなど、走塁面でも卓越した能力を持つ「足のスペシャリスト」です。
盗塁時の考え方は山田選手と似ており、捕手ではなく投手に注目。
投手の癖やモーションを観察し、クイックモーションを突破することに重点を置いています。その際、投手の特定の部分ではなく全体をぼんやりと観察するのが特徴です。
技術面では牽制死を避けられる程度の適度なリード幅を取り、スタートを切る右側への意識を高めています。また、塁間を最短距離で走ることでタイムロスを減らし、スピードを落とさない強く低いスライディングを心掛けているとのことです。
走塁用手袋
源田選手が使用している守備用手袋は自身がアドバイザリースタッフも務める「ゼット」の商品です。
市販品としてプロステイタスブランドの走塁用手袋が販売されていますが、源田選手が使っているような真っ黒のものはなく、選手専用モデルとして支給されているものだと思われます。
周東佑京(福岡ソフトバンクホークス)
周東佑京は2019年のプレミア12で終盤の切り札として活躍し、同シーズン25盗塁（失敗5）という高い成功率を記録したパ・リーグを代表するスピードスターです。
ソフトバンクの俊足選手の象徴である背番号23（村松有人、城所龍磨らが歴代着用）を背負い、2020シーズンも盗塁を量産。
2020年10月には12試合連続盗塁で1971年と74年に福本豊が記録した11試合連続という日本記録を更新し、さらに13試合連続盗塁で1969年にバート・キャンパネリスが達成した12試合連続という世界記録も塗り替えました。
周東の盗塁技術は源田選手同様に投手全体をぼんやりと見て、スタンドの観客も含めた視野で投手の動きを察知することから始まります。
塁間を一直線に走り切り、3歩目でトップスピードに到達することを意識し、状況判断は投球結果ではなくショートの動きで行います。
スライディングについてはスピードロスを避けるため、頭からではなく足から突き刺すように行うことにこだわっています。
出塁率を上げて盗塁機会を増やすことができれば、毎年盗塁王争いに絡む潜在力を持つ選手といえるでしょう。
走塁用手袋
周東選手が使用している走塁用手袋は山田選手と同じ「アディダス」の5Tスライディンググローブです。
ホワイトとゴールドベースにブラックが入ったカラーですね。
辰己涼介(楽天ゴールデンイーグルス)
楽天の辰己涼介は2018年のドラフト1位から入団1年目に124試合に出場し、13盗塁を記録した俊足強肩の外野手です。
三木肇監督のもと、「構え」「リード」「帰塁」「スタート」「走路」「スライディング」「中間走」という7項目に分けた指導を受け、走塁の重要性を再認識し、足で好調のチームを牽引しています。
辰己の特徴はプロでの経験を積んで確立した「自分の基準」による大きめのリード幅です。
これには「一塁ランナーのときにはバッテリーに警戒してもらうことが一番」という意識も影響していると考えられます。
スライディングは、タッチから遠い右隅を基本としながらも、荻野選手のように野手の動きに応じて柔軟に対応します。
辰己は盗塁成功の最重要要素として投手の動作や配球、守備のポジショニングなどを多角的に捉える「観察力」を挙げています。
走塁用手袋
辰己選手が使用しているのは「ミズノ」の走塁用手袋です。
日本の野球界にはミズノ愛用者が多く、ミズノの走塁用手袋を使っている選手は多いです。
カラーはホワイトをベースにしてロゴや背番号、縁部分などにシルバーを使っているミズノプロ走塁用手袋のオーダー仕様だと思われます。
佐野皓大 (オリックス・バファローズ)
佐野皓大は2014年ドラフト3位でオリックスに投手として入団し、2018年から野手転向を果たした快足自慢。右打席からの一塁到達タイムは4秒を切るほどの俊足の持ち主です。
2018年にプロ初出場を果たした佐野は2019年にオープン戦での活躍で一軍入りを勝ち取ると、打率・出塁率は平凡ながら12盗塁（失敗3）を記録して存在感を示しました。2020年も9月時点で1個の失敗もなく11盗塁を記録しています。
技術面では小さな歩幅で回転を速める「ピッチ走法」を採用し、一塁からは13足分のリードを取ります。
また、スパイクは「軽さ」を最重視し、2019年のデサント製から2020年は足自慢の選手に人気のビモロスパイクに変更しています。
走塁用手袋
佐野選手が使用しているユニフォームと同じカラーの走塁用手袋は「デサント」のもの。
ただし、残念ながら現時点ではデサントの走塁用手袋は販売されておらず、デサントを愛用しているトップアスリートへの支給品のみとなっているようです。
デサントの中の人に聞いてみたところ、やはりバッティンググローブと同じくらいの需要は期待できないので商品化はどうだろう…ということでした。以前は販売していたかもしれないらしい。
デサントユーザーは気長に待ちましょう！
荻野貴司（千葉ロッテマリーンズ）
2009年のドラフト1位でロッテに入団した荻野貴司は驚異的なスピードを武器に毎年高い盗塁成功率を維持しています。
その身体能力の高さゆえにケガも多い選手ですが、「足で魅せられる」数少ないプロ野球選手の一人です。
荻野の盗塁哲学は明確です。スタートを最重要視し、過度なリードは避け、盗塁と帰塁の意識を同程度に保ちながらも盗塁への意志を強く持つことを心がけています。また、状況に応じて「止まる勇気」も持ち合わせています。
スライディングは基本的に「センター寄りのベースの角」を狙いつつ、野手の動きに応じて柔軟に対応します。
盗塁成功率が高く盗塁術の引き出しも多いので一見器用そうに見える荻野選手ですが、スライディングに関しては右足前でしか滑れない不器用の面も。小さいころから右足前でしか滑れないらしい(笑)
入団直後はスライディングに難があり(スライディングに移るのが遅かった)膝を故障したこともありましたが、その点は現在改良されています。
走塁用手袋
荻野選手が使用している走塁用手袋も佐野選手と同じ「デサント」のアイテムです。
和田康士朗(千葉ロッテ・マリーンズ)
和田康士朗(わだ こうしろう)は2017年に育成ドラフト1位で千葉ロッテに指名されBCLの武蔵ヒートベアーズから入団しました。
小学校4年生で野球をはじめましたが、中学2年に股関節の負傷などで一時野球を続けることを断念し、高校では陸上部を経て硬式野球クラブチームに加入したという異色の経歴の持ち主。
50ｍ5秒8、遠投107mという高い身体能力を活かし、走塁面や外野守備で存在感を示し始めている期待の選手です。
圧倒的なスピードはもちろんですが、スライディングをはじめとした盗塁技術も非常に高く、さらに投手の牽制速度に応じてリード幅を変えたり、バッテリーの意表をついてディレードスチールを決めるインテリジェンスの高さも和田選手の魅力。
個人的には足の分野でパ・リーグ一番のスペシャリストは和田選手だと思っています。
走塁用手袋
和田選手が使用している走塁用手袋は辰己選手と同じ「ミズノ」のアイテムです。
ミズノ商品を使用しているプロ野球選手は自分好みにオーダーしているイメージが強いですが、和田選手が着けている手袋はパッと見、市販品のミズノプロ商品と同じ感じに見えますね。
さいごに
一部ではありますが、セ・パ両リーグの足自慢の盗塁のポイントや愛用している走塁用手袋を紹介してみました。
細かい違いはあれども、ほとんどの選手が良いスタートを切ることとそれに大きく関連する観察力や洞察力の重要性に触れています。
いくら足が速くてもただ走るだけではなく、それ以上に技術面やメンタル面なども大事だということがよく分かりました。
ここ数年、走塁や盗塁の重要性を説くメディアも増えてきましたし、野球中継でもバッテリー対走者の対決をクローズアップする場面も増えてきたので今後ますます注目されることでしょう。
特大のホームランや華麗な守備はもちろん野球の華ではありますが、同じくらい魅力的な「走」の部分にも注目して野球を観戦してみてください！
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